2021年1月6日水曜日

NO444 「夢中になる」

さて、どのようにすれば、自分が夢中になれる仕事を見つけることができるのでしょうか。答えは一つしかありません。

《とにかく、なんでもやってみる》

これに尽きます。
友人である予防医学者の石川善樹さんは、ハーバード大学に留学していた際、あまりにも自分の興味範囲が広いため何からどのような優先順位で手をつけてよいかわからず、悩んだ挙句に指導教官だった教授に相談してみたところ、次のようにアドバイスされたそうです。
すなわち「興味あることは、全部やりなさい。興味のないことも、全部やりなさい」と。
実に強烈なアドバイスですが、これは即ち「とにかく、なんでもやってみなさい」ということです。
~ 山口周さん 『ビジネスの未来』プレジデント社 ~
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所長視点)
とにかく、やってみることができない…ときは、過去の未練、現実逃避、未来、失敗への不安があるとき、すなわち心が弱っているときです。心の栄養は、心が元気になる言葉を自分にかけてあげることで栄養補給できます。ありがとう、感謝は栄養価はかなり高いです。400回ぐらいはほしいところです

2021年1月5日火曜日

NO443 「托鉢行」

一燈園に入園した者は誰でも、何日かの托鉢行をする。
無一文、無一物で園を出て、行った先で掃除や草むしりなどの奉仕をさせてもらい、運がよければ食事や宿泊にありつける。その托鉢に対する西田天香さんの言葉がある。

『托鉢者は行き詰まるだけ行き詰まってみるがよい。日の脚は、こちらの行き詰まりを待ち合してはおらぬ。
日暮れ、腹は減る。泊めてくれ手もない。握り飯一つ誰も持って来ない、寂しい気持ちがする。そうした時こそ真剣になる。
まだまだ行き詰まるがよい。そこでどうするか。
手前の考えが何事も用を成さず、我というものがあまりにふがいなくなって、しみじみと考え込む。祈りたくなる。
そうした時に知らず知らず、一段一段と自分の我慢(がまん)がはげていく、それが実に結構な修行なのだ。
どうか他人の得をぬすまぬように。
どうか自分の罪をかくさぬように。
どうかその場のがれの事を言わぬように。
どうかあまりに大事をとりすぎぬように。
あまりに自分はみにくいだらけである。
一段とこの四つのことを慎みたい。』

人生とは、「己の魂を磨き、少しでも光らせる修行」。自分を磨くことだけを考え、人格を向上させるなら、他人の行いは気にならなくなる。
自分を守らんがため、人を非難し、人のせいにすることをやり続けるなら、やがて誰からも相手にされなくなる。 

~ 石川 洋さんより ~

所長視点)
すべてを手放して、奉仕しようとするときに、自分の心と正面から向き合うことができるのだと思います。向き合った自分を受け入れたとき「謙虚さ」を身につけていく。謙虚さこそが天運をつかむことのできる心の状態なのだと思います

2021年1月4日月曜日

NO442 「人に与えた思い出」

アルフレッド・ノーベルはノーベル賞を創設した人として有名だが、実はダイナマイトを発明した科学者であり発明家だ。1888年に兄が亡くなったとき、弟のノーベルと間違えて書かれた死亡記事が出た。そこには、
「一瞬にして多くの人を殺害する方法を発明し、それによって富を築いた死の商人死す」
とあった。それを見て、ノーベルはその後の自分の生き方を改め、ノーベル賞をつくったという。
「何によって人に憶えられたいか」は、人の一生において、重要なテーマだ。死の商人と言われるのか、ノーベル賞の創設者と言われるか。人は、亡くなった後、この世に残していけるのは、「人に与えた思い出」だけしかない。人が憶えていてくれた「思い出」だけが、残るのだ。
人に与えたものが、「不平不満」「愚痴」「泣き言」や、「悲しみ」「怒り」「憎しみ」だけだったとしたら、こんな寂しい人生はない。
何も大きいことをする必要はない。人の心に、「温かで優しい気持ち」「しあわせ」「楽しい」「笑い」や、「感謝」の気持ちを少しでも残すことができたら、こんな嬉しい人生はない。

~ ピーター・ドラッカー氏より ~

所長視点)
関わった人の心にどんな気持ちを残していくのかは、その人の生き様にかかっています。より心の奥深くに残すことのできる気持ちは、どれだけ自分の気持ちを掘り下げて、掘り下げて、本心に正直に生きたかによるのかもしれません

2021年1月3日日曜日

NO441 「人生の難関」

福島智さん(東京大学教授)のお話を初めてうかがった時、肌がチリチリむようなような衝撃を覚えた。
福島さんは3歳で右目を、9歳で左目を失明、全盲となった。
生来が楽天的、と本人はおっしゃるが、視力を失っても音の世界がある、耳を使えば外の世界と繋がることができると考え、実際、音楽やスポーツや落語に夢中になっていた、という。だが、さらなる過酷な試練が全盲の少年を襲う。14歳の頃から右耳が聞こえなくなり、18歳、高校2年の時に残された左耳も聞こえなくなってしまったのである。
全盲聾(ぜんもうろう)…光と音からまったく閉ざされた世界。
福島さんはその時の状態を「真っ暗な真空の宇宙空間に、ただ一人で浮かんでいる感じ」と表現している。
なぜぼくだけこんなに苦しまなければならないのか、これから先、ぼくはどうやって生きていけばよいのか…不安、恐怖、懊悩(おうのう)の日々が続いた。
そんなある日。母親の令子さんが福島さんの指を点字タイプライターのキーに見立てて「さとしわかるか」と打った。「ああ、わかるで」と福島さんは答えた。母親のこの指点字は壮大な転機となった。福島さんは真っ暗な宇宙空間から人間の世界に戻ってきたのだ。
その時の感動を福島さんは詩に綴っている。

【指先の宇宙】
ぼくが光と音を失ったとき
そこにはことばがなかった
そして世界がなかった
ぼくは闇と静寂の中でただ一人
ことばをなくして座っていた
ぼくの指にきみの指が触れたとき
そこにことばが生まれた
ことばは光を放ちメロディーを呼び戻した
ぼくが指先を通してきみとコミュニケートするとき
そこに新たな宇宙が生まれ
ぼくは再び世界を発見した
コミュニケーションはぼくの命
ぼくの命はいつもことばとともにある

指先の宇宙で紡ぎだされたことばとともにこの詩の意味するものは大きい。福島さんだけではない。すべての人の命は言葉とともにある。言葉のないところに人間の命はない。福島さんは身をもって、そのことを私たちに示してくれている。同時にもう一つ大事なこと、絶望の淵から人間を救うのは言葉である、ということ。
どのような人生の難関も言葉という通行証をてにすることで、乗り越えることができる、ということ。そのことをこの詩は私たちに教えている。

~ 致知出版代表 藤尾秀昭さんより ~

所長視点)
恵まれた環境にいると恵まれていることが当然のように思ってしまい、「当たり前」になってしまいます。当たり前からは感謝は産まれません。当たり前、当然、期待…それは自分がそう決めつけていただけで、本当は、たまたまだったかもしれません。それに気づくだけで感謝が増えてくるように思います

2021年1月2日土曜日

NO440 「生きるんだよ」

野に咲くタンポポでさえ 詩人の魂をふるいたたせ
一匹のこおろぎでさえ 病める人の心を癒す
五体に障害を持つ人も その微笑みで 人の心を照らし
そのまなざしで 愛を伝えることができる
生きとし生けるもの そのすべてには 授かったいのちの輝きと役割がある
たとえ何もできなくとも 微笑むことはできる
たとえ貧しくとも 謙虚な生き方はできる
それだけでも立派な奉仕なのだ
授かったいのちの尊さに目覚め あなたなりの生き方で
生きた証の 美しい花を咲かせていこう
私は十七歳の時、一介の奉仕者になろうと決心して、一燈園の門をくぐった。
一燈園の創始者でわが生涯の師・西田天香さんは、無所有・無所得の托鉢生活をまっとうされた人である。入園した若い私に、
 人間は偉くならなくていい
 人間は立派にならなくていい
 人間はお役に立つ人になることである
と諭して下さった。
それ以来七十年、まだまだいたらない私だが、師の教えのような生き方をされておられる多くの方のご縁をいただき、励まされお育ていただいてきた

~ 石川洋さんより ~

所長視点)
生きるということは、命をどのように使うか?ということ。それが「使命」になるといった方がいました。自分の命を人が喜ぶために使う。まさに「お役に立つ人になる」ことが人生の喜びとなるのでしょう。悟りの世界ですね

2021年1月1日金曜日

NO439 「正しさ」

詩人の吉野弘さんの「祝婚歌」をご存じでしょうか。夫婦円満の秘訣が詰まった詩なのですが、生きる指針のようにも思えて、私がとても大切にしている詩です。なかでも、一番好きな節があります。

「正しいことを言うときは少しひかえめにするほうがいい。正しいことを言うときは相手を傷つけやすいものだと気付いているほうがいい」

人間関係のもつれにおいて、正しさの追求は、解決を生みません。なぜなら、人の心において、正しさは人の数だけ存在し、真実も、その正しさの定規によって、人それぞれ違って見えるからです

~ 弁護士 湯川久子さんより ~

所長視点)

正しいことをいって問題が解決することはあまりありません。正しいことを言っても人はほぼ変わりません。しかし、変わりたくない人はいない。人から変えられたくないのです。心が納得して初めて変わろうとするそうです。それが人間関係の難しさであり、幸せになる秘訣でもあります 

NO438 「パラダイム・シフト」

世界は一変させられてしまった、と言っていいと思います。新型コロナウィルスの影響は、そのくらい大きなものでした。それこそ日本の終戦後まもなく、まだ焼け野原があちこちに残っているような時期に匹敵するのではないか、とさえ私は思っています。コロナが変えたのは、感染対策を意識した生活様式だったり、リモートワーク導入をはじめとした働き方の変化だったりですが、実はそれにとどまりません。コロナは、人の意識を大きく変えたのです。わかりやすくいえば、人を大きく二極化させていきました。
これぞチャンスと新しいことに踏み出していった人。そして、元の世界に戻ってくれるのを、じっと待ち続けている人。強制的にいろいろなものがリセットされていく中、多くの気づきを得た人も多かった。なるほど、幸せはここにあったのか、と気づいた人もいる。はっきり理解しておかなければならないことは、もう元の世界には戻れない、ということです。待ち続けても、戻らない。戻ったとしても、そこには元の社会はありません。すでに、パラダイムはシフトしたのです。
もう過去は戻ってこない。すでに社会は、次のステージに進んだのです。既存の仕組みを立て直そうとしている場合ではありません。完全にシフトしないといけないのです。
では、新しい時代に向けて、どうすればいいのか。1つ確実に言えることは、アフターコロナ時代には、まだ正解がない、ということです。こうすれば確実、というものがない。こういうときには何をしなければいけないのかというと、どんどん動いていくことです。何かアクションを起こす。手数を増やしてみる。最も危険なのは、じっとしていること。待っていることです。じっとしていても、何も起きないから。何も得られないし、何も成長できないから。思うようになど、簡単にいくはずがないのです。
せっかくなら壮大な実験をして、自分だけの正解を見つけてみるべきだと思うのです。コロナは、そのチャンスを与えてくれたと私は思っています。そして、大事なことは、これからの1年、2年が、この先の人生に大きな影響を与えることは間違いない、ということです。

~ 本田直之さんより ~

所長視点)
正しいから進むのではなく、自分の進む道が正しい。迷ったらGO です。自分を変える絶好のタイミングがやってきました。何かやってみる。そこから何かを得て次のステップに進む。そうやって自分なりの正解を模索していくときですね。